ゲーテ いま、一番気になる仕事 - 連載

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いま、一番気になる仕事
滝川クリステル いま、一番気になる仕事|Redefining The JOB Special Vol.11|スペシャル対談 北方謙三/作家×滝川クリステル

滝川クリステル いま、一番気になる仕事|Redefining The JOB Special Vol.11|スペシャル対談 北方謙三/作家×滝川クリステル

仕事とは生きること。もし仕事を超える瞬間があったらそれを逃すな

仕事とは生きること。もし仕事を超える瞬間があったらそれを逃すな

男の生きざま、死にざまを、陰影深く描き続ける小説家。還暦を過ぎてなお、大作に挑み続けるそのエネルギーの源はどこにあるのか? 作家としてだけでなく、恋愛と人生の達人でもある北方氏が語る、真にできる男の条件とは──。
北方謙三氏/滝川クリステルさん 【北方謙三さんの人生を変えた1冊】『ヘンリ・ライクロフトの私記』|ギッシング作/平井正穂訳 岩波文庫 756円
『ヘンリ・ライクロフトの私記』

貧乏で野垂れ死にをしたギッシングがひたすら自分の願望だけを綴った本。「小説を書くうえで最もリアリティがあるのは願望だ」と教えてくれた、旅に出る時は必ず持っていく1冊。

誰にも潜在能力はある ただ出していないだけ

滝川 北方さんの歴史大作『三国志』や『水滸伝』や『楊令伝』。あの大長編を書き上げるためには尋常ではない精神力とエネルギーが必要だと思うのですが、北方さんの、作品を完成に導く秘訣とは何ですか?

北方 精神力、根性、義務感、そういうものはいっさいありません。ひと言で言えば“潜在能力”。人間というのは、誰しも必ず潜在能力がある。ただ、多くの人は出していないだけ。でも、自分を追い込んで追い込んで潜在能力を常時出せるようになったら、かなりのものができる。それがすべての創作の本質でもあると思いますよ。例えば俺の場合なら、潜在能力が出ると、自分でも驚くぐらい生き生きと登場人物たちが動き出すし、どんな長いものでも書ける気がする。だから俺は今、全50巻の作品を書こうとしています。

滝川 全50巻ですか!?

北方 『水滸伝』を19巻、次の『楊令伝』を15巻。これから『岳飛伝』を16巻書いて全50巻。実はこの“大水滸伝”構想は、もう十数年前(40代後半の時)に立てたんです。だけど言わなかった。最初から「50巻書く」と言ったって誰も信用してくれないからね(笑)。

滝川 でも、結果は見事、北方さんの頭の中の設計通りになっていますね。

北方 それが潜在能力。あとね、俺は枚数が狂ったことないんですよ。『水滸伝』は19巻で、1巻500枚ずつ書いたんだけど、全巻、原稿用紙の枚数は1枚も狂ってないんです。

滝川 書き終えた後、推敲されても狂わないのですか?

北方 推敲はしません。これは“特技”だと言われてるんだけど、俺の場合、手書きした原稿がそのまま決定稿なんです。ただ、そうなるためにはやっぱり10年ぐらい修行しましたよ。頭の中で落とすものは全部落として、“最後の言葉”だけを選んで原稿用紙に書く、という訓練を徹底してやった。でも今の若い作家はそれをやらない。パソコンで足して足して書いているから、冗長な表現が増えた。

滝川 でも本来は、徹底的に削ぎ落としてひとつの言葉にこだわるのが作家だと?

北方 普通の文章は意味が通じればいいけど、小説の文体は、書き手の鼓動や呼吸、そんなものまでも加わっていなければならないからね。でも、俺も時々、文体が緩むことがあります。そんな時は自分で読んでてわかるから、緩んだなと思ったら、15枚の短編を20本書く。短編というのは大体50枚といわれているから、15枚で書こうと思ったら選べる言葉はひとつしかない。それは非常に難しい作業なんだけど、20本やると文体がぴしっと締まってくるんですね。

滝川 なるほど……。常にそうやってストイックな努力を欠かさないところが、今もなお、潜在能力を発揮し続けている秘訣なんですね。でも、それほど北方さんを仕事へと突き動かす原動力とは何なのでしょう?

北方 やっぱり好きなんだよね。でないと30年間も、年間10冊ずつなんて書き続けていられないよ。もう金も名誉もそんなにいらないし、釣りしたいなぁと思ってるのにサ(笑)。でも、好きな釣りも我慢して小説書いてるんだから、仕事だとか何だという前に「生きることの半分が書くことだ」というところがあるんだね。それでいえば……、去年亡くなった立松和平は学生の頃からずっとボツ原稿の山の高さを競ってた仲間なんだけど、お互い作家になってふたりで酒を飲んでる時に、「俺たち、本当に断崖絶壁の、際どい所をすり抜けてきたよなぁ」と話したことがあったんだよね。ボツ原稿の山を築いて築いて、やっと作家になれた、その後は作家になれたというチャンスを生かす努力を多少はしたけれど、好きなことを職業にしていられるというのはこんな幸せなことはないよなぁ、ってね。

滝川 そんな下積み時代があったからこその幸せ……。では、その“際どい所”のことも、少しお聞きしていいですか?

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