震災後、ソーシャルメディアへの注目度が高まり、コミュニケーションの方法は多様化。外来のフェイスブックやツイッターが台頭する中、“国産”SNSのmixiは改めて独自の路線を明確にした。友人同士のコミュニケーションのパワー、友人から友人への伝播の力、そこから生まれる新たな動き。そんな人の「つながり」を無限大にするため、リーダー、笠原健治は今日も淡々と突き進む。
ソファやカウンター、畳まであるコラボレーションルーム。社員の新たな発想が生まれやすい環境を用意。
1975年生まれ。東京大学経済学部卒。'97年、大学在学中に求人情報サイト「Find Job!」の運営を開始。'99年に法人化、代表取締役に就任。2004年2月、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)「mixi(ミクシィ)」の運営を開始。
静かな野心家──。
ミクシィ代表取締役社長、笠原健治には寡黙な経営者のイメージがある。佇まいは事業家よりも学者に近い。質問を投げかけると、180cm近い身体を折るようにして、こちらのひと言ひと言を確認し、言葉を慎重に選んで回答する。現在35歳。同世代の多くの起業家たちが共通して持つギラギラした高体温をこの人から感じることはない。
しかし、外見と中身には大きな隔たりがある。笠原がミクシィの前身、イー・マーキュリーを創業したのは1999年。彼はまだ東京大学経済学部在学中だった。'04年には現在日本国内最大のSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)、mixiを開設し、事業を拡大。およそ10年で売上高130億円を超える企業に育てあげた。
野心なくてはあり得ないキャリアである。しかし、外見からはそのテンションを感じさせないのも、笠原健治という創業経営者の持つ魅力だ。