ウェブゲーテは日経電子版とのコラボレーションサイトです

37日漂流から生還した男の意外な真実

「漂流」 角幡唯介

死に向かうように
海へ漕ぎ出す男に見る
生き方の原型

『漂流』
角幡唯介 著
新潮社 ¥1,900

37日もの間、太平洋フィリピン沖を救命筏(いかだ)で漂流。飢えと渇きに苦しみ、転覆やサメに襲われる恐怖をくぐり抜け、奇跡の生還を遂げた、とある日本人の話である。マグロ船の船長だった男は、救命筏に同乗していた外国人船員たちに"食料"とされそうになったりもして、その日々は陸の上で安穏(あんのん)とした暮らしを貪る我々には想像もつかない危険に満ちた、まさに死がすぐ隣にあるようなものだった。

しかし本書が過酷ゆえにドラマティックな37日間を再現するために書かれたのかというと、そうではない。この漂流事件について調べ始めた著者は、取材のほんの初期段階で驚くべき事実を知るのである。

奇跡の生還から8年後。男は事件以来遠ざかっていた海に初めて出ることに。そしてあろうことか、グアム沖でマグロ漁をしている最中、もう一度行方不明になってしまうのだ。またしても漂流? 海賊に襲われた、大型船に衝突して沈没した、さまざな憶測が飛び交うなか、唯ひとつ確かなのは、二度目の奇跡は起きなかったということだ。

沖縄の離島で育った男にとって、海は生きることと切り離すことのできない場所だった。だからこそ、死の淵を垣間見てもなお海へと向かってしまった。それをロマンティックな美談として捉えることは可能だ。しかし著者が調査を進めるほど明らかになるのは、もっと益体(やくたい)もない人間の性(さが)。血とでも呼ぶべき力強い何かに縛られ、翻弄され続ける者たちだけが留める「人間の生き方の原型」なのである。

今、この国では、どこでどんな暮らしをしても個人の自由だといわれているわけだが、果たして、人間というのはそのように器用にできているのかと思わされるのだった。

  • 日野 淳
    1976年宮城県出身。ブックライター・書評家。出版社に15年勤務し、文芸編集長などを経て、フリーランスに。

Let’s SHARE:

共有

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • この記事をmixiチェックに追加
  • この記事をLinkedInに追加
閉じる

Illustration=macchiro

*本記事の内容は16年10月取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい。 14年4月以降の記事では原則、税抜き価格を掲載しています。(14年3月以前は原則、税込み価格)

NOW ON SALE GOETHE GOETHE4月号
全国書店で発売中!

RANKING

INFORMATION